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ozaki koetsu

Author:ozaki koetsu
尾崎光越 プロフィール

算命学宗家、高尾義政先生に師事し1988年、免許皆伝の証しとして周位三段を修得しました。
開業にあたり1989年、光越(こうえつ)という称号を授かり現在に至っています。
宿命鑑定、運命指導に徹することが私の一番のモットーです。

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占いの雑学
算命学に関連した占いの雑学、実例を掲載したいと思います。
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算命学・占いの雑学・密教と神道(1)
算命学・占いの雑学・密教と神道 

インドで生まれ、中国を経て日本に入ってきた「密教」が、どのような形で日本に根付いていったかをご説明いたします。
この「密教」が日本に入ってきたのは,遣唐使の時代ですが、当時の日本は今のように西洋から文化を導入するのではなく、近い大陸である中国から沢山の文化、知恵を勉強しようとしたのです。
また国際情勢を知る唯一の窓口でもあったのです。

この遣唐使の制度は七世紀前半から始まり、唐末の戦乱になるまでの九世紀後半まで続けられていました。
「密教」というのは遣唐使の一員であった空海(平安時代初期の僧)によって、日本に持ち帰ってきました。

当時の僧達が勉強していたのは、仏教の大乗経典の正当の流れの勉強でした。
日本国内においても東大寺を中心に大陸の学問を習得していました。
その勉強をしていた人の中に最澄という人がいました。
この人は仏教を学問として日本において確立していった人です。
最澄は空海と一緒に唐へ渡ったのですが、空海のように「密教」ではなく、大乗経典の学理を極めていくために、その殿堂である中国の天台山で学びました。

この最澄は帰国後、比叡山にお寺を建てました。
そこは丁度、朝廷の鬼門の方向に当たるために、国家を守護していくという名目で国家に資金援助をしてもらっていました。
そういう国家の力を味方にしていましたから、社会的な地位もあったわけです。

その一方で、日本古来の国家宗教というべき「神道」というのが厳然と存在していました。神道は天皇制そのものに大きく関わっているものでした。

その中心となっていた二つの家柄が、中臣(なかとみ)家と斉部(いみべ)家です。
その両家が天皇制度に関わる国家儀式の中心分野の全てを牛耳っていました。
そういった「神道」の強い権勢と、最澄や空海の持ち帰った「密教」の国内流布にとって大きな壁となって立ちはだかっていったのです。
密教の中には、いろんなものが入っていて、星占いも入っているし、ヨガも入っています。
仏教・・・哲理・・・ヒンズー教=密教・・・ヨガ・・・星占い
密教の中でも精神を鍛えるのが星占いの分野で、体を鍛えるのがヨガの分野で、これが一体になっています。 

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テーマ:占い - ジャンル:趣味・実用

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