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ozaki koetsu

Author:ozaki koetsu
尾崎光越 プロフィール

算命学宗家、高尾義政先生に師事し1988年、免許皆伝の証しとして周位三段を修得しました。
開業にあたり1989年、光越(こうえつ)という称号を授かり現在に至っています。
宿命鑑定、運命指導に徹することが私の一番のモットーです。

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占いの雑学
算命学に関連した占いの雑学、実例を掲載したいと思います。
占いの雑学・人生は12の「運勢」を描く(11)・・・玉運
占いの雑学・人生は12の「運勢」を描く(11)・・・玉運

 前に申し上げた源流という運形がありました。
玉運はその反対で落ちていく形です。
これは生まれながらに不運を背負ってくる人で、精薄児にあたります。
一種の犠牲運ですが、なぜ玉運・・・玉とついたかというと、玉というのは自分で転がる力、動く力がなく、斜面を作ってあげると自分から下がっていきます。
上がる力がなく、自分で自分をどうすることも出来ないからです。

これは致しかたのないことで、客観的には世間一般の幸福の水準から下がっていくものと見なすほかありません。
しかし、精薄児の運勢というものを上がるとか下がるとか言うことじたい実は考慮の外でして、あえて玉運という形を提示するのは、玉運を持った家族の側の運勢を言いたいがためです。

というのは、玉運の子供が生まれたことによって、ひとつには親の運が鍛えられ強くなるということがあります。
もうひとつは、その子の兄弟が特殊な才能を発揮したり、大成する運に恵まれるということです。

つまり、玉運の子はその親兄弟を精神的に鍛えるという役割を強く持っており、自分がその一家の犠牲運を一人で背負ったことによって親兄弟のマイナス的な運勢を払ってしまうことになります。

これまで何度も申し上げてきたように、ある一家の幸運の総量というものは決まっており、一家族をひとまとめにすれば同じような運になるのですが、玉運は極端に片寄ってしまうことになります。

ですから玉運の子と他の親兄弟の幸運とはシーソーゲームといいますが、バランスを取ろうと働くわけです。
誰かが犠牲になれば誰かが幸運に授かる、あるいは不運があればそれに見合った幸運があるという、「運勢の力学」が働きます。

玉運を持った親や、その兄弟は、このことを肝に命じて、その子供を大事にしないといけません、ということです。
このような犠牲運を持った人が一家にいると、世間一般では距離をおいて接するようなことがあります。
とりわけ、結婚問題では嫌われ敬遠される場合が多いのですが、犠牲運の前後に生まれた人には才能や強い運に恵まれ成功する人が生まれやすいものです。
たまたま結婚相手の一家にそういう人がいたとき、嫌うのではなく一緒になると自分も見事な運をつかむと考えたいものです。
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