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プロフィール

ozaki koetsu

Author:ozaki koetsu
尾崎光越 プロフィール

算命学宗家、高尾義政先生に師事し1988年、免許皆伝の証しとして周位三段を修得しました。
開業にあたり1989年、光越(こうえつ)という称号を授かり現在に至っています。
宿命鑑定、運命指導に徹することが私の一番のモットーです。

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占いの雑学
算命学に関連した占いの雑学、実例を掲載したいと思います。
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算命学・占いの雑学・仏心
仏心という言葉は昔から良く使われている言葉ですが、単に人助けをするのが仏心ではなく、人を叱りつけるのも仏心です。
人間は生まれてから三歳位までは生きるのか死ぬのか未決定ですが、やがて三つ子の魂百といったようにしっかりしてきて丈夫に育っていきます。

だんだん体力がついてきたとすれば、生意気になって育ててもらったことなど忘れ偉そうなことばかり言うようになるわけですが、それも束の間、そういう世界を越えていくと最後には死の世界が待ち受けています。

自分の目上の人たちが亡くなり始めて死が自分の直前にきたら、死の出の準備をしなくてはならなくなります。
この準備には相当の工夫が必要となり、心が若いままで、世の中で成功しなければならないという気持ちを強く持ち続けると、必ず訪れる死というものに対して恐怖感というものが大変強くなっていきます。

しかし神はその恐怖感を和らげるために体力を落とし、肉体上の変化を起こさせるといった、いわゆる老化というものを与えます。
もし老化というものがなかったら「死」というものは物凄い恐怖になっていくでしょう。

仏心に対して今心という言葉がありますが、これはこの世の中で頑張ろうという心です。
しかし寿命があるためにいつまでも今心ではいかず、「死」に合わせて仏心になる必要があります。
そしてこの仏心に変化する時に神は病気という贈り物をするのです。
病気になれば体任せに人生を渡ることができませんから、もっと精神的な世界の中で自分を見つめ直していく必要がでてきます。
神が人間に悟らせようとするのです。
その心が仏心です。

では仏心というのはどうなるかというと決して人生を諦めろと言っているのではなく、あまり大きな望みを持たず、精神的に後々の若い人のことを考えてあげて、全てに控え目にすることです。
年を取ったからといって全ての人が仏心になっているとは限りませんが、老いたらそうなることが自然です。
生きているうちに仏心に変化させることが本当に美しい生き方でしょう。

全てにおいて神まかせ、自然の流れに任せていくことが大切です。
神が与えた体の衰えに比例していくように心も静かに自分で弱くしていけば死んでいかれるのです。
しかし自分の欲(希望)と体のバランスが崩れていくと最後まで迷い道の人になっていきます。

裏を返せば若者というのは、体力が充実している時です。
ゆえにこの時こそが自分の気(希望)を強く外へ打ち出していかないと、やはりバランスが崩れて迷い道に陥ってしまいやすいのです。

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テーマ:占い - ジャンル:趣味・実用



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