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ozaki koetsu

Author:ozaki koetsu
尾崎光越 プロフィール

算命学宗家、高尾義政先生に師事し1988年、免許皆伝の証しとして周位三段を修得しました。
開業にあたり1989年、光越(こうえつ)という称号を授かり現在に至っています。
宿命鑑定、運命指導に徹することが私の一番のモットーです。

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占いの雑学
算命学に関連した占いの雑学、実例を掲載したいと思います。
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算命学・占いの雑学・暦術(2)
陰陽暦は木星の周期によって出来上がった十二次を、天の五惑星が廻ります。
そのために12×5=60の理が成り立ちます。
そこで成立した「六十花甲子」を年毎にあてはめ、60年一周期の理法を作り出したのです。

一年を六十進法によって進めるので、毎月の種類も60種でなければなりません。
また毎日も、60日一周期でなければ天の理法とならないのです。
勿論、一時間60分、一分60秒の理にもなるわけです。

算命学思想という名称は、耳慣れない言葉だと思いますが、簡単にご説明すると「自然即人間」であり、「人間即自然」であるという考え方です。

自然界の中で生存するためには、自然を常に自分たちの見方にしておかなければなりません。
人間の努力は努力として、それを倍加させ得るものも自然のエネルギーであり、半減させるのも自然です。
自然界の法則に人間が従い、また自然の力を利用している時は、最大の神であり援助者です。

しかし、人間が自然を破壊したり、自然の力を追い越そうとする時は、途端に敵となり悪魔となってしまうでしょう。
古代の東洋人は、この自然力を知っていたからこそ、自然が持つ力の法則を追求して暦術に生かそうとしたのです。

暦術発生以前、占術発生以前に自然界から学んだ自然の法則が算命学です。
古代中国では暦術を初め、占術政治体系(律令)、兵法にまでこの運命学が生きています。

この思想が西洋の横割り社会・・・老若男女すべて神の下に平等という考え方に対し、儒教や仏教などにみられる東洋の縦割り社会・・・人間の分を知る、男は男の分、女は女の分、つまり授けられた範囲を守るという考え方が生まれたことは歴史が示すとおりです。

しかし、この考え方によって科学より思想が優先し、暦においても時間の分類のみにとどまらず、空間の分類まで加味して暦術にも思想が入り込む結果となったのです。

同じ暦でも西洋の太陽暦などは、空間を抜きにして時間分類のみの暦が出来上がっています。
西洋は西洋なりの良さ、東洋は東洋なりの良さがあるでしょう。
西洋は自然の力を追い越すために、自然を活用して科学を発達させました。
東洋では自然界に従うために、自然を分類し思想を発展させたといっても過言ではないでしょう。

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テーマ:占い - ジャンル:趣味・実用

算命学・占いの雑学・暦術(1)
算命学は西洋の天文占星術と異なり、天文の部分は天文学者に任せ、暦術と占術を分業しています。
つまり天文学者は天文を観測し、それによって暦を作成しています。
天文学者によって作り出された「暦」は、そのまま大衆の日常生活の中で生かされ、「暦術」が宇宙の法則を人間生活の中で活用した最初です。

暦というのは天体という一つのものから生まれましたが、西洋では太陽暦、東洋では太陰暦が生まれました。
算命学の原理を基にして生まれた干支暦もその一つです。

現在我々が使用している暦はグレゴリー暦という太陽暦です。
この暦はローマ法王グレゴリー13世が1582年に改暦して作り出したものです。
中国では革命と同時に1912年にグレゴリー暦を使用するようになりました。

太陽暦によって我々の日常生活が成り立っていますが、算命学で使用する暦は東洋で生まれた「太陰暦」とこの「太陽暦」を組み合わせた「太陰太陽暦」です。

太陰暦は明治以前に使用されていたもので、太陰つまり「月」の運行法則によって作り出されたものです。
太陰は、29日余りで天空を一周します。
つまり一ヶ月が29日の日の月と、30日の月が一ヶ月おきに交替でやってきます。
しかし、太陽暦に対して11日間短いのです。

11日間もずれるといつか季節と合わなくなります。
つまり一年の四季は太陽の動きによって出来ているためです。
このずれを修正するために、閏月を定めたのです。
太陰暦は、一年が12ヶ月になったり、13ヶ月になったりするのでとても不便でした。
また季節とずれるために農耕民族に嫌われました。
そこで太陽暦と太陰暦を組み合わせて季節のずれをなくしたのです。
 
東洋では太陰暦を、太陽暦と結びついて「太陰太陽暦」になってしまったために、純粋な太陰暦は残っていません。
俗に「旧暦」といわれるのがこの「太陰太陽暦」です。

算命学では、この太陰太陽暦を「十干」「十二支」で表し、六十進法を使用した「干支暦」を使用しています。
太陰太陽暦は、「陰」と「陽」が一つになった暦であるために、干支暦を含め「陰陽暦」とよばれています。

テーマ:占い - ジャンル:趣味・実用

政治混乱
最近の政治混乱を皆様はどのように感じますか。

自民党は求心力のない人材の集合体。
民主党は代表、元代表とも隠し金を正当化する自己満足。

どうひいき目に見ても自慢できる政治情勢ではないように思います。
つい、日本にもオバマが欲しい夏の陣、と言いたくなる思いです。
せめて一票を握りしめながらしっかりと見つめながら判断したいと思いました。
占いの雑学・運命には必ず「原因」と「結果」がある(2)
算命学・占いの雑学・運命には必ず「原因」と「結果」がある(2) 

またこれは稀ですが、自分は次男に生まれ長女と一緒になったため、知らないうちに長男的な役割りをすることになることがあります。

しかし、ここで厄介なことがあって自分は次男に生まれてきたのに、あるところで長男が亡くなった場合、本来は偶数児なのに奇数児に変化します。
これは結婚前であれば、偶数から奇数に変ったのですから相手も奇数児を選べばいいのですが、結婚後に長男が亡くなったりすると、すでに自分は偶数児として結婚していた縁が反対になってしまい結婚の形が狂ってきてしまい、親とは衝突をするし、お嫁さんも苦労しやすくなるという現象が出てきます。

大体、結婚において奇数児同士、偶数児同士が一緒になるほうが「正婚」といって正しい形の結婚になります。
そして奇数児と偶数児が一緒になると「偏婚」といいます。
つまり婚姻関係というのは、この「正婚」と「偏婚」の二つの形で出来上がることになります。

そして両方を比べますと、「偏婚」の方が離婚率が高くなって出てきます。
「正婚」の方が離婚率が小さく、子供も長男が跡を継ぎ、女の子は嫁にいくという形になりやすいのです。
「偏婚」の家の女の子が嫁にも行かず、男の子も何となくパッとしないというような差になって出てくるのです。

人間は誰とでも結婚出来るように思えますが、こういった目に見えない法則があるわけです。
そしてこの婚姻、つまり「正婚」「偏婚」を基準にして、それぞれの家庭に生まれてくるであろう子供の運を見当付けることが出来ます。

但し、この正婚と偏婚の法則は再婚の場合は例外となりますのでご注意ください。
もともと人間の運命は最初からいい、悪いが決まっているのではなく、持って生まれた本質と環境の問題だと申し上げました。
そして環境には「人的環境」、親とか子供、配偶者など自分を取り巻いている人達です。

芸術家などによく言われますが、最初の奥さんと結婚したら、絵を書いても売れなかったのに、2度目の奥さんを貰ったら途端に運勢が上がってくるという人もいます。
これは「人的環境」のなせるわざです。
自分のせいもあるでしょうが、環境の変化で運命も変ってくるのです。

それから住む場所も環境の一つです。
都会に住んでいるか、田舎に住んでいるかも、大きな違いになってきます。
そういう中で、今ご説明いたしました「正婚」「偏婚」というのも一つの人的環境ですが、「正婚」の家庭で生まれた子供の方は穏やかな運勢を作っていき、バランス人生になりやすいのです。
しかし、「偏婚」の中で生まれる子供は極端に成功するか、極端に失敗かという安定性に欠けやすい人生を歩みやすいのです。

…完・・・
占いの雑学・運命には必ず「原因」と「結果」がある(1)
算命学・占いの雑学・運命には必ず「原因」と「結果」がある 

人間の運命というのは、面白くかつ不思議で分からないところが沢山あります。
専門家の立場から運命を見ていても、まだ氷山の一角を見ているにしか過ぎないことを実感します。

つまり、ちょっと表に出てきた、幸運なり不運なりの原因は、目に見えないところで大変な広がりを持って存在しているのです。
そして必ず運命には「原因」と「結果」というものがあります。
どんな運命においてもこれは存在しています。

そこで、「原因」と「結果」を考えてみましょう。
これはよく考えると実に厄介なもので、自分にはまったく知らないことである「先祖」とか、そういう時代の現象が一つの「原因」を作り出します。
今現在、生きている我々にとっていろいろに「結果」を生み出しています。

自分にとって親とか兄弟はまったく関係ないというわけにはいかないでしょう。
「親の因果は子が背負う」というように確かに親の生き方、過ごし方が我々の運命の大きな「原因」になっていることは確かです。
勿論、自分自身でも「原因」は作っています。
一つの「原因」から「結果」が出るまで、運命学的にいうと最低100年ぐらいかかっていると言われています。
この関わりの中で、一番基本になるのが、まず人間が生まれるというのが運命の出発点です。
親が子を産み、親子になる、この親と子供の因縁は実に運命の根源になるところです。

その意味でも、子供が出来る前の婚姻関係が大きく関わってきます。
ここにある男性がいたとします。
そして女性がいます。
当然二人には両親がいます。


男性の世界と女性の世界はまったく違っていて、男性は精神的、夢を追い求めるものがあります。
女性は目の前のことを追うという現実的な要素があります。
一旦、人生が崩れた時の脆さは男性のほうが大きく、女性のほうが強く逞しいものがあります。

さて男性と女性が結婚するわけですが、その時たまたま男性が長男であったとします。
長男というのは、だいたいお人好しで大らかにところがあります。
またシッカリ者は次男に多く要領がいいといえます。
但し、女性の場合は逆の形になります。

婚姻関係と親子の因果とは、まず「長男」、つまり奇数児といい、三男、五男というように奇数に生まれた人のお嫁さんは、長女、三女、五女というように奇数に生まれた人が来やすいのです。
また逆に、自分が偶数児、つまり次男、四男、六男であれば、相手も偶数児といった感じで、これは大体8割方そういう形になっているようです。
これは婚姻の法則です。

ですから長男に生まれているのに、たまたま次女に恋をして結婚しようとすると、奇数と偶数ですから世界が合わないことになります。
そのためになかなか回りの賛同を得られ難かったりすることがあります。

自分が次男で相手が長女という場合も、これも世界が合わないわけで、こういう形で結婚していくと、いつの間にか次男のほうが相手方、つまり奥さんの方へ養子にいったような感じになりやすいものがあります。

…続く・・・



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