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ozaki koetsu

Author:ozaki koetsu
尾崎光越 プロフィール

算命学宗家、高尾義政先生に師事し1988年、免許皆伝の証しとして周位三段を修得しました。
開業にあたり1989年、光越(こうえつ)という称号を授かり現在に至っています。
宿命鑑定、運命指導に徹することが私の一番のモットーです。

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占いの雑学
算命学に関連した占いの雑学、実例を掲載したいと思います。
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占いの雑学・人生は12の「運勢」を描く(12)・・・従天運(最終回)

 ほとんど女性に多い運形で、親が生きている間は家族を持つことが出来ない、結婚が遅れる運形です。
従ってこれも一種の犠牲運といえるわけですが、親に縁が深すぎるというか、親にベッタリとくっついてしまう人生で、親がよほど娘の結婚というものに積極的な意志力を持たない限り、こういう運形に入ります。

本人は孤独の運勢でもないし、結婚運がないわけでもないのに親の犠牲になって親が死ぬまで自分の運勢を持てない、上がらない、家から離れられないのです。
小さい頃から何となく親に頼られたり、可愛がられ方がイビツであったり、親のいう通りにしていないといけないような強迫観念に縛られたり、親を悲しませたり、ガッカリさせたりするようなことは出来ないといった受身の心情ばかりが増幅する。
そんな育ち方をしてしまいます。

親の存在を過剰に意識している女の子や若い女性を時々見かけますが、この運形に入りやすいでしょう。
親が亡くなると、不思議に縁談話が舞い込み、スーッと運勢が上がっていくのですが、それはある年齢に達してからということになります。

以上のように12の運勢の基本形があります。
この集計は沢山の運命を集めて基本形を作ったものです。
はじめに申し上げたように、そのバリエーションは無数でしょうが、運命というものを「流れの形」で見てみると、こういうことになります。

何年何月何日に生まれたから、12の形のうちのどれになる・・・というものはありません。
同じ日に生まれた人は、世界中集めれば何万人といます。
その生年月日が持つ特性は特性として指摘できますが、家庭環境や諸々の育つ条件や本人の努力によって、運命の流れの形というものは違ってきます。
その違いのパターンが、以上にあげた12通りということです。
 
                                          …最終回…  光越

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占いの雑学・人生は12の「運勢」を描く(11)・・・玉運
占いの雑学・人生は12の「運勢」を描く(11)・・・玉運

 前に申し上げた源流という運形がありました。
玉運はその反対で落ちていく形です。
これは生まれながらに不運を背負ってくる人で、精薄児にあたります。
一種の犠牲運ですが、なぜ玉運・・・玉とついたかというと、玉というのは自分で転がる力、動く力がなく、斜面を作ってあげると自分から下がっていきます。
上がる力がなく、自分で自分をどうすることも出来ないからです。

これは致しかたのないことで、客観的には世間一般の幸福の水準から下がっていくものと見なすほかありません。
しかし、精薄児の運勢というものを上がるとか下がるとか言うことじたい実は考慮の外でして、あえて玉運という形を提示するのは、玉運を持った家族の側の運勢を言いたいがためです。

というのは、玉運の子供が生まれたことによって、ひとつには親の運が鍛えられ強くなるということがあります。
もうひとつは、その子の兄弟が特殊な才能を発揮したり、大成する運に恵まれるということです。

つまり、玉運の子はその親兄弟を精神的に鍛えるという役割を強く持っており、自分がその一家の犠牲運を一人で背負ったことによって親兄弟のマイナス的な運勢を払ってしまうことになります。

これまで何度も申し上げてきたように、ある一家の幸運の総量というものは決まっており、一家族をひとまとめにすれば同じような運になるのですが、玉運は極端に片寄ってしまうことになります。

ですから玉運の子と他の親兄弟の幸運とはシーソーゲームといいますが、バランスを取ろうと働くわけです。
誰かが犠牲になれば誰かが幸運に授かる、あるいは不運があればそれに見合った幸運があるという、「運勢の力学」が働きます。

玉運を持った親や、その兄弟は、このことを肝に命じて、その子供を大事にしないといけません、ということです。
このような犠牲運を持った人が一家にいると、世間一般では距離をおいて接するようなことがあります。
とりわけ、結婚問題では嫌われ敬遠される場合が多いのですが、犠牲運の前後に生まれた人には才能や強い運に恵まれ成功する人が生まれやすいものです。
たまたま結婚相手の一家にそういう人がいたとき、嫌うのではなく一緒になると自分も見事な運をつかむと考えたいものです。

占いの雑学・人生は12の「運勢」を描く(10)・・・龍型
占いの雑学・人生は12の「運勢」を描く(10)・・・龍型

 人生がのこぎりの刃のように激しく落ちたり、上がったりを繰り返して進んでいく運形が龍型です。5年~6年ぐらいの割合で運勢が上下します。
一つの山が5年と考えて、50年間の人生とすれば10回もの波があることになります。

この運は、長男、長女など上の方の子供にでにくくて、末っ子、一番最後の子供に多い傾向があります。
小さいときから算数が得意で、特に小学校時代は他の教科はどうであれ、算数が一番いいのです。
しかし、中学校から高校に進むにつれて数学の成績はジリ貧になっていきます。
そういう子供は、この運形をたどりやすいと親の方で判断できます。

これは数字にとても強い、丸暗記のような学力には強いということで、反面、考える数学になってくると、からっきし能力がないということです。
暗算は得意でも、順序たてて積み上げる思考力や理解力に欠けるタイプです。

ですから世の中に出て仕事をしても、目の前のものに関しては凄い力があっても、五年後、十年後のことは考えつかない、見通せない人です。

また一つの仕事で満足することが殆どありません。
一つ、ちょっと成功するとすぐもう一つ、更にもう一つと仕事が多角的になります。
そのため会社をいくつも経営しているとすると、伸びるときは一つだけではなく、何カ所も一度にぐーんと伸び、成り上がり的な成功を手に入れてしまいます。

しかし、やり方が場当たり的で先見の明に欠けますから停滞しやすい、壁に突き当たりやすい、それで切り抜けられないと一度に全部がストーンと落ちる、つまり大きな不運を作ってしまうことになります。

龍型というのは、その名の由来通り、天上に上がって雲をつかむか、落ちて地下にもぐるかどちらかで、地上というものがない、中間というものがない運勢です。
ほどほど成功、ほどほど幸福という人生がありません。
こういう人に付き合う家族はたいへん疲れます。
但し、龍型は動乱期に強く、世の中が不況であったり、乱れていれば伸びるという特色があり、開拓していこうとする意欲は非常に旺盛です。

ですから会社の創成期とか、競争の激しい業界とか、社内で人事の活性化を期するとか、そういった状況で龍型の人を使うと、能力が発揮されるという面白さがあります。
新製品のプロジェクトチームなどに配置すると実に頼もしいのです。

男性に多い運形といえますが、最近は女性の事業家も増えてきて、この運形に入る女性も多く見られるようになりました。
この人の子供運についていえば、子供には恵まれます。
特に男の子は親の跡を継いで大きな成功を勝ち取る運勢です。

算命学・占いの雑学・人生は12の「運勢」を描く(9)・・・七宗
人生は12の「運勢」を描く(9)・・・七宗

 生まれてから死ぬまで上がりもせず下がりもせず平穏に生きていける、しかも寿命も長いという、運命学では理想型とされる運形です。

「福、禄、寿、官、印」で考えると、「寿」、健康は一番いい運勢ですし、「禄、官、印」、家庭、名誉、知性も生まれながらにして備わっており、飛び抜けて飛躍することはないかわり、生涯にわたって持ち続けます。
だから「福」、精神的な安定感や満足感はいうまでもなく大きい人生です。

あるがままに、自然体で生きるわけで、よくもないし無理もしない、他人にも多くを求めない、だから人間関係で争いごとやゴタゴタもないという人生です。
たとえば奥さんが「右へ行きたい」といえば、「どうぞご自由に私は左に行きます」というようなもので、奥さんをしゃにむに左へ連れて行くようなことはしないのです。

もし、離婚というようなことになっても、本人は少しも傷つかず奥さんを責めることもせず、それぞれの道を行きましょう、という円満解決をはかる、そういう人です。
考えようによっては幸せな人と言っていいでしょう。

ですから七宗の人というのは、大成功をおさめるとか、とてつもない財力を得るということもないのですが、「福、禄、寿、官、印」を平均してプラスで持ち続ける人生というのはたいへん幸せなことだと思います。

天下を取るような大成功をしたからといって、運勢の世界では幸運とはいいません。
人間の幸運、不運というのは分量が決まっていて、幸運を百だけ使ったとしたら、その百に見合うだけの不運もあるものです。

のんびりとしていて働きが悪い人というのは、気持に優しさがあるかも知れません。
人のものをブン捕ってまで稼ぐ逞しい男性というのは薄情です。五分と五分です。
だから娘さんを嫁に出す時、よく働いてエリートコースを突き進んでいる男性というのは、家庭を犠牲にし、妻を踏み台扱いするということも考えなければいけません。
エリートだから、仕事をバリバリやるから、収入がいいからというだけで、その人物が100%結婚の条件を満たすとは考えないことです。
娘さんがそういう条件より、気持ちの優しい男性を望んでいるのであれば、親としてそこを重点に考えてあげるべきです。

会社のような場でも、運勢を占ってみると社長が一番悪く、平穏に勤めている方が幸運な運勢ということがしょっちゅうです。
社長はトップで収入がいい、社会的な地位もある・・・しかし知性的な面で大きなストレスを抱え、安らぐときが片時もない、いつパタッと倒れてしまうか分からない、そういう運を背負っていることもあるのです。

役職が上だから下だから、出世したからしないからということが、幸運の決め手では決してないということです。
えてして人間は、何とかして上がろう、何とかして成功しようと考えます。
それは運命学的にみると、一所懸命、自ら苦労の世界に入っていく、大きな不運を呼び込んでいる・・・とみてしまうのです。

財力というのも、人はもっと儲けよう、もっと儲けようと頑張るのが財力のある人の習性ですが、財力が上がれば上がるほど気苦労や管理の面倒もついて回ります。
人間関係が不純になる、お金を中心にしてしか人間関係が保てなくなる、そういう一面もどうしてもついて回ります。

親から財産をもらっても相続税を払うのに苦労します。
相続税を払うために土地を手放したという話しをあちこちで聞くでしょう。
兄弟同士で財産分割を巡って争いごとが起きるということも珍しくありません。
親に財産がなかったら幸せだったのに・・・と嘆く方々も少なくないわけで、子供に財を残すのも考えものです。
七宗の人の運勢というのは、そういう不運とは無関係という良さがあります。



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